信州大学工学部水循環・土木工学科主催
第6回「持続可能な開発に向けた水と防災に関する世界の取り組み」
講師:岡田智幸 国際連合経済社会局 上級プログラム担当官
2022年2月22日(火)10:00~12:00オンラインにて開催
プロフィール:
1993年東京大学土木工学科卒業後、建設省(国土交通省)の入省。
1997年から2年間米国留学、環境学の修士取得。
主に河川分野を担当し霞が関、仙台、盛岡、青森、埼玉、茨城などで
河川の治水計画、環境整備、ダム建設、防災計画、災害対応に従事。
2005年から3年間、ベトナム ハノイの日本大使館で
一等書記官として政府開発援助の業務に携わり、2010年からは
3年間スイス ジュネーブの国連世界気象機関で洪水対策の専門家として途上国支援を行う。
2020年からニューヨークの国連本部で水と防災を業務担当。現在は世界各国とともに
2023年に開催される国連水会議の準備に携わっている。
人類と切っても切り離せない水。発展途上国などインフラが充分に整備されず、衛生面や水質の悪さで安心できる水を供給されない地域や、異常気象や気候変動などにより、深刻な水不足に悩まされている人も少なくありません。そういった水を安心して十分な量を手に入れられない人をなくすために、SDG6「安全な水とトイレを世界中に」が掲げられました。社会や環境に負担を与えずに水を管理するのも取り組むべき課題の一つといえます。
そのため、SDG 6には8のターゲットと11の指標が掲げられています。
SDGの目標6にある「安全な水とトイレを世界中に」は、すべての人が安全に水を飲めるようにすること、トイレを利用できるようにすることに加えて、水不足や水質向上など水に関するあらゆる問題を解決する内容となっています。2023年には「国連水会議」が開催され、その準備に携わる岡田さんに「SDG6」に関わる水と防災に関して講義をしていただきました。
SDG6「安全な水とトイレを世界中に」の重要性とは?
2030年までに、すべての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ衡平なアクセスを達成することを目標にしているSDG6。SDG6の重要性に関して、まずは2016年ストックホルム大学が発表したSDGsの17の目標の概念を表す構造モデルとして、「SDGsウェディングケーキ」と呼ばれるモデルを紹介していただきました。
SDGsの全17目標が大きく3つの階層から成り、それらが密接に関わっていることをウェディングケーキの形になぞらえて表されています。トップにすべての目標と連携する「パートナーシップ」が位置し、「パートナーシップ」が「経済」に、「経済」が「社会」に、「社会」が「生物圏」に支えられているのがわかります。
これを見るとわかるように、「水」は気候変動、海、陸、とともに生物圏に分類され、一番下の基本的な部分とされています。SDG6がインフラのインフラに位置付けられているということは、SDG6の達成がすべてのSDGsの目標に波及していくことを表しています。
SDG6のターゲットと指標の現在の達成率について
SDG6の8のターゲット
SDG6の11の指標 達成率
SDG 6には8のターゲットと11の指標が掲げられています。岡田さんには2020年に報告されたターゲットと指標の達成率など現状をご紹介いただきました。
各項目、毎年進捗率が報告されているがまだまだ達成には遠いと岡田さん。例えば、「6.1 安全な飲料水」では、全世界の1/4、約20億人が安全に管理された飲み水を使用できていません。安全な飲み水とは家の近くに井戸や水道などがあり、1日中、きれいな水を使えることをいいます。
また「6.2 衛生へのアクセス」の「衛生」では全世界の5割近い約36億人が安全なトイレといった衛生施設が不足しています。どちらも全世界で現在の進捗率を4倍にしなければならないとのことです。
「6.6 生態系の保護」では、過去20年間で全世界の2万の河川流域のうち、1/5の4000の河川流域の水の面積、水域が、洪水や渇水、ダムの貯水池建設などで大きく増減しているとのことです。「指標は、ターゲットに対する指標を決めた後で専門家が集まって、具体的にどのようなデータを使えるのか、話し合って決めています。例えばSDG6に必要な水域の面積については衛星データで一括して国際機関が集めるなど、指標を決めた後にやり方を議論します。できるだけ普遍的なデータが各国から負担が少なく手軽にとれるようなものを決めるように努力しています」と岡田さんに指標の決定に関してご説明いただきました。
SDG6の加速の取り組み
出典:The Sustainable Development Goal 6 Global Acceleration Framework
国連諸機関が実施する「水」へのアクションを調整するために設置された組織「UN-Water」では、国連機関や政府、市民団体、民間の関係者に対して5つの分野で働きかけ、さらにより正確なデータ情報を集めて、「水」に関する政策決定と説明責任で活用されています。
「資金確保」とは、最も必要なサービスや計画に最適な資金提供をするための資金確保をすること、「統治」は、分野横断的、国境を超えた強化とSDG6への全員参加、「イノベーション」は新たな取り組みと技術の拡大。「能力開発」は、人材と組織の能力開発を発展させ、様々なサービスの向上を意味します。
この5つの取り組みに関しては、「UN-Water」で議論がされた結果決まりました。分野横断的というか農業とか防災など分けたテーマではなく、どの水利用でも共通している特徴を選んでいます。データのみ、資金のみの強化といった分野特定ではなく、プロジェクトによって、イノベーション、能力開発といった必ずいくつかの複数項目が関わるものなので、分野横断的で各分野に働きかけることによってSDG6が進むことが狙いです。
SDG6関係の啓発活動について
SDG6に関わる啓発活動は、2030年の目標達成に向けて多数行われています。また岡田さんが準備に携わる2023年に開催される国連水会議に向けてのロードマップに関してもお話いただきました。
啓発活動についてまず挙げられるのが1993年から3月22日に設けられた「世界水の日」です。背景は「すべての社会経済活動が水に依存しているのに、水資源開発の貢献が人々に理解されていない」という状況があり、地域レベルから国際レベルに人々の貢献が必要とのことで「世界水の日」には、世界の様々な国で水の大切さを人々に知ってもらうための会議やセミナー、展示会が開かれています。
また、2013年から11月19日に「世界トイレの日」が定められました。貧しい人々のトイレの利用を進めて、健康に有害な野外排泄をなくし、人間の基本的な尊厳とプライバシーを確保し、女性の暴力被害をなくすという目的で、この問題への関心と行動を呼びかける日となっています。
さらに国連総会は2018年3月22日から「水の10年」を設定しました。タジキスタンが主導で設立し、水と衛生は生活の前提条件であり、国際社会が持続的な開発をすすめて活動プロフラムを活性化、2030アジェンダ達成を目的としています。
その「水の10年」の中間評価を目的に2023年にはニューヨークの国連本部で「国連水会議」が開催されます。会議は、全員参加、結果重視、分野横断的という3つの方針のもと、「水」について専門に議論する2回目の国連会議です(1回目は1977年にアルゼンチンマルデルプラタで開催)。会議までの関連会議として、2022年4月に熊本で開催されるアジア太平洋水サミットや、11月の国連準備会議も開催されます。
SDG6の今後の取り組み
SDG6に関する講義の最後に、岡田さんから今後SDG6の取り組むべき以下の課題を挙げていただきました。
〇飲料水や衛生施設の整備への資金確保と国際支援
〇都市と地方、貧富の差に寄らない施設整備水準
〇排水データや水質のモニタリングと水質基準の策定
〇技術革新による農業用水、乾燥地帯の水利用の効率化
〇家庭や産業界での節水や水の再利用
〇水資源管理計画の策定への技術的支援
〇近隣国とのデータ共有や対話の場の設定
〇湿地などの保護区の設定
これらの取り組みに対して岡田さんは、まだまだ各国のデータ提供が不十分でデータに基づいて取り組んでいく必要があるとお話されました。「日本の水資源管理は世界でも実はトップクラスです。近隣国とのデータ共有や対話の場の設定に関して水資源管理の先進国である日本がもっとイニチアシブをとるべきです」とのことです。
また岡田さんが国交省で河川の担当をしていたとき、様々な情報共有する機会があった中、特に途上国に対して高評価を受けていたのが毎年わかりやすくデータをまとめてあった日本の水資源白書、防災白書などだったとのこと。「そのように収集されたデータを使えるかたちでうまくまとめて提供、情報交換をする場が必要であり、世界的には河川のデータを集めた国際機関もあるので日本も含めさらに横断的に協力しあい、データ共有をすすめるのが重要です」とSDG6の今後の取り組みに関して締めくくられました。
〇SDGsにおける防災
防災関係のSDGs
目標とターゲット
SDGsの中には、防災に関係するものが多く含まれています。例えばSDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」はターゲットの1つに「仙台防災枠組」が含まれ、深く防災も関わっています。また、ターゲットの11.5には、「2030年までに、貧困層及び脆弱な立場にある人々の保護に焦点をあてながら、水関連災害などの災害による死者や被災者数を大幅に削減し、世界の国内総生産比で直接的経済損失を大幅に減らす」と示され「水」も関わっています。防災の仕事にも携わる岡田さんに「仙台防災枠組」や関わった防災の実例などをご紹介いただきました。
世界の災害について
2020年に発生した世界の大災害
まず2020年に起きた世界の大災害をご紹介いただきました。サイクロン・台風、ハリケーンが4件、洪水が3件、干ばつが3件報告され、2020年5月20日に上陸したスーパーサイクロン「アンファン」により、一番被害の大きかったのがインドとのことでした。さらに世界の災害件数1980年から20年間、2000年から20年間に分けたデータもご紹介いただきました。
世界の災害件数(1980~2019年)
洪水、台風など風水害が最も多く、干ばつ、水に関する災害が全体の3/4を占めているのがわかります。ほぼすべて増加傾向にあるとのことです。全世界で毎年1500万人~3000万人が被難や移動を余儀なくされている現状があります。
昨年も多く災害が起こっており、2021年9月1日に起きたニューヨークでの洪水に関してお話いただきました。1時間に約75ミリの過去最大の時間雨量があり、ニューヨーク市ではじめて鉄砲水の注意報が発表され、アメリカ全体では死者の数も100人近く被害額も約8兆円にのぼりました。
岡田さんもその時ニューヨークにいたとのことで、大雨が続いていると感じていたがここまでの被害があったとは思わなかったそうです。日本で75ミリは大雨として経験することが多い量ですが、アメリカでは施設対応していないため大災害になったのではと岡田さんは話します。
また同じ年にアメリカでは死者90人以上が報告される竜巻が発生、アメリカの別の地域では熱波で約230人が死亡、寒波で約250人が死亡と、2021年ではアメリカの最高最低気温が大きく更新され、このような災害の要因として気候変動のウェイトが大きくなっているとお話いただきました。
仙台防災枠組とは?
こういった過去から近年に至る世界の災害を踏まえ、2015年3月仙台市で行われた第三回国連防災世界会議で採択されたのが「仙台防災枠組」です。自然災害と人的災害を対象とし、複合災害に対応、人命・暮らし・健康・資産の災害リスクと損失を大幅削減、災害に対する脆弱性を予防・削減、応急対応及び復旧への備えを強化するものです。
7つのターゲット
仙台防災枠組の7つのターゲット
「仙台防災枠組」には7つのターゲットがあります。左側の4つのターゲットが減少を目指すもので、右側の3つのターゲットが数値を大幅に増加するものを目指すものです。
たとえば死亡者数だと2005年~2015年までの平均死亡者数から2020~2030年の平均死亡者数は減少を目指すということになります。「2005年から各国からデータを集めていますがデータの収集がまだ途上段階でなかなか進捗状況の把握が難しく、より多くの国からのデータ収集が必要」と話す中で進捗を報告いただきました。
防災データ報告状況
主な特徴として死亡者数は減少傾向にあるが被災者数は増加しています。1つの要因は近年、災害の件数増加によることが考えられるとのことです。また、災害による基本サービス停止(教育、保健など)に関しては、アフリカの件数が3/4を占めているとのことで、この地域が脆弱であるということがわかるとのことでした。また、SDGsと「仙台防災枠組」が別々の目標になることを防いで目標の連携を図るためにいくつかの指標はそのまま共通の指標となっています。
SDGSと仙台防災枠組みの共通指標
これらを含む、仙台防災枠組の指標決定に関しては、2015~2016年の2年間、ジュネーブで5回開かれた会議の中で議論され、決定したとのことで岡田さんも国交省代表で参加されたそうです。防災の専門家以外の参加もあり、かなり理想的な指標を提案する国もあったそうです。例えば被災者の男女の性別差、年齢差といった細かいデータをとれたら対策に活用できるといった提案があったとのことです。ですがプライバシーの関係もあり、収集が不可能な国も多くあるといったデータの収集が難しいという問題にも直面。そういった議論を重ね、3回目の会議では200程度あった指標の候補が実際に使えるのか17か国が分担して持ち帰って確認して報告。再度指標の議論に反映し、最終的に38に落ち着いたという指標決定の経緯をお話いただきました。
今後の取り組み
現在までのデータを踏まえた今後の取り組みに関して岡田さんにご紹介いただきました。
特に「干ばつなどの異常気象や気候変動に備え、飢えと貧困化対策」に関しては、これまで順調に貧困率が下がったのですが、近年はコロナの影響により大幅に戻ったので対策が必要と話す岡田さん。また「各国のデータ収集能力の強化」に関してはSDGsも同じで強く取り組むべき課題とのことです。
各国の防災の取り組み
では実際に世界ではどのような防災対策が取り組まれているのかを岡田さんが実際に訪れて見て聞いた中からいくつか紹介いただきました。
インドネシアソロ川
放水路 河川水位情報システム
ソロ川は、ジャワ島最大の河川で延長が約600km、流域面積が日本最大の利根川と大体同じ川で、下流に延長13kmにわたる放水路を設置していますが、2016年にも洪水が発生しました。ソロ川では、河川水位を観測し、洪水情報を水位情報システムで携帯を使ってリアルタイムにわかるシステムを使用しているとのことです。
ジャカルタの地盤沈下
ゼロメートル地帯の住宅 排水ポンプ場
ジャカルタの北部では2000年以降、最大2m以上の地盤沈下が発生し続け、その結果、都市面積の6割以上が海抜0メートル以下になっています。その原因は地下水の過剰汲み上げといわれ、地下水から表流水の河川の水への転換が必要とされていますが、水源の確保が困難で井戸水からの転換が進んでない状況にあります。
そのため2018年から国際協力機構JICAがジャカルタ地盤沈下対策プロジェクトを実施し、0メートル地帯で河川から排水ポンプ場を使って水を港へ排水する施設も日本のODAの援助で建設したとのことです。
中国の四川大地震
防災復興管理学院 救急救命訓練
2008年に死者行方不明者が約9万人という大規模な四川大地震が発生。この四川の大地震をうけて翌年、四川大学、香港理工大学が協力して防災復興管理学院を設立しました。災害後の復興建設、防災教育、被災者のリハビリ、心のケア、コミュニティ建設などの分野で研究、実践を行っています。
台湾の高雄の土砂対策
河川堆砂対策
台湾では1999年に約2400人の死者行方不明者を出す大地震が発生しました。それ以降、地震で山が緩み土砂の流出量が増え、河床が上昇し、洪水が発生するのが問題となっています。そのため山から河川に出てくる土砂対策として土砂を掘削して別の場所へ土砂を運搬しています。また下流にはゴム製の堰を設置し、ゴム風船を膨らませて水を取り入れています。
アメリカ カトリーナからの復興
防潮扉 防潮壁
カトリーナは2009年にアメリカで死者約1800人にのぼる最大の被害額をもたらしたハリケーン災害です。
その際、ニューオリンズでは堤防が決壊し甚大な洪水被害に見舞われました。その3年後に岡田さんが現地に訪れた際は防潮扉を強化して造っていたとのことです。ハリケーンの際も防潮扉はありましたが、構造がI字型で倒れてしまったとのこと。新しく設けられた防潮扉はT字を逆さにしたかたちで安定したものになっていたそうです。
アメリカのミシシッピ川の洪水対策
ボニー・ケリー放水路 放水路ゲート
ニューオリンズの50キロ上流にあるボニー・ケリー放水路は、洪水を湖に流す放水路となっています。普段は公園やハイキング、サイクリングに利用されているとのことです。1927年に大洪水が発生し、1929年から31年にかけて建設されたものだそうです。他にも、オランダのマエスラント防潮堰、台湾の都市洪水対策、日本が建設し、灌漑と発電を目的とした台南での烏山頭ダムなどをご紹介いただきました。
世界の取り組みの紹介で講義は終了となりました。SDGsに関わる水と防災の取り組みについて国連にいればこその世界を見据えた視点でのお話を聞くことで、人類が生きていく上で欠かせず、世界の脅威となりうる災害ももたらす「水」の重要性を改めて知ることができました。「重要な位置にあるSDG6に集中的な資金を投入していくべきだという議論を盛り上げようと水会議がその舞台と考えられています。水の重要性を水に関係する人たちだけで議論してもなかなか広がらないため、他の分野からどうやって会議に参加して、議論に参加してもらえるかを現在考えています」と岡田さん。世界の命と未来を担う「水」に関して私たちに何ができるのか考えていく貴重な機会となる講義となりました。
【出典】
Stockholm Resilience Center
International Water Association
Summary Progress Update2021:SDG6-water and sanitation for all
UN-Water SDG6 Date Portal-Global Status
The Sustainable Development Goal 6 Global Acceleration Framework
Report of the Secretary-General on the Work of the Organization 2021
Human cost of disasters: An overview of the last 20 years 2000-2019
https://sendaimonitor.undrr.org